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高学年になると、自発語が出てくるのがわかるようになってきた。 ある夕方、ママがミューを連れて買い物に行き、7時過ぎまでいなかった。その間、大志は、2階で1人で遊んでいたが、7時近くなったら、1階におりてきて「晩ごはんはまだですか」とおばあちゃんに言ったそうだ。 いつもは「ごはんだよ」と呼んでもなかなか遊びをやめず、テーブルに来なかったのだが、このときは、よっぽどお腹がすいたのだろう。不自由を自分で感じると自発の意思表示が出てくるものだ。自発語を促すためには、待つことが必要なのだ。そして、待つためには、信じることも必要。 そのころの大志の口癖で、「まいっか」というのがある。気に入らないことがあると、パニックゲージがあがってくるが、「まいっか」と自分で口にして、切り替えられるようになったのだ。 例えば、お気に入りのアニメ番組を見ようとしてテレビをつけるとゴルフ番組で中止。半パニックで新聞まで確認して、「ま、いっか」で、おさまったり。 また、同じように「ケチ」というのもあった。 「お父さん、○○やってください」「お父さんにはできません」「ケチ」。学校でも、あるビデオを発見して、先生に見たいと意思表示したが、断られて「ケチ」と言ったそうだ。 「ケチ」の場合は、使うとちょっとまずい場面もありそうだが、パニックになるよりはよっぽどいい。 そしてもうひとつ。「ドーナツ食べる」「ドーナツはなくなってしまいました。パンにしてください」「ガーン」。 「まいっか」「ケチ」「ガーン」は、そのころ、大志が自分のパニックを封じる呪文だった。 また、お風呂で「鼻に水、両鼻に水、両方の鼻に入った・・・」という調子で何度も言い直し、「両方の鼻に水が入ってしまいました」。というように、言葉で表現するとなんて言ったらいいのか、一生懸命考えている様子が伝わってきた。 高学年になって、言葉の意味や文法を意識するようになってきたらしいのだ。 |
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