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幼稚園では、大志専属の先生をひとりつけてくださったので、心配することなく預けることができた。幼稚園の活動への参加を援助してもらえるし、活動に大志がついていけずに脱走しても行方不明になることはない。 ただ、1つだけ早々と教室から追い出されたものがあった。朝のお祈りである。 カトリック系の幼稚園だったので、朝のお祈りの時間というのがあって、ろうそくに火をつけて行う。 ろうそくに火をつけると、大志がすすすっと近づき、火を吹き消してしまうのだ。 Y園で吹き消す練習をし、家での誕生日のケーキのろうそくを吹き消すのを覚えたせいで、大志にとって、火は吹き消すものらしい。 お祈りの時間だけは別室か廊下で過ごすことになった。 火を吹き消すと言えば、3歳7か月のときにこんなこともあった。 お墓まいりに行ったとき、火をたこうしている人(全く知らない人)のところに走っていき、しゃがんでいるその人の後ろから肩に手をかけ、のぞきこむようにして、フーッ、フーッと消そうとしたのだ。ひら謝りで引っぱってきた。 後で笑える、そういうかわいいいたずらをさまざまやってくれるので、危険や迷惑になることをやらなければいいがという心配があったが、次は何をやらかしてくれるだろうかと期待する気持ちも半分あったような気がする。 ちなみに、キリスト教の礼拝はダメでしたが、お墓では、「ナマンダー、ナマンダー」と言って両手を合わせておがむのは就学前にやっていた。 フーッと息を吹くことができなかったのができるようになった、そうすると、人がつけようとしている火を消そうとしたり、礼拝のろうそくの火を消そうとしたり、という行動が出てきた。 大志にして見れば、「大志くん、火を消せたねー、すごいね」とほめられながら覚えたことなのだ。それなのに、今度は、それをやってはいけないよ、と止められる。理不尽な話だ。場面の使い分けも教える必要があるが、それがまた難しい。 |
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