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◆受験の作文 ◇受験を終えて 3年5組 貝吹大志 ぼくは中学校を卒業したら、二高養に進学したいです。そのために、日頃から国語や数学、体力づくり、作業、面接練習をいっしょうけんめいにがんばってきました。 とうとう受験の日がきました。勉強の成果を見せようと、二高養へ父母と行きました。「合格するぞ!!」という気持ちで、学校の中に入りました。 「ここが、ぼくが3年間通う学校か。」と、早いですが、ついつい考えてしまいました。でも、今日は受験をしにきたので、これで合格が決まったと思ったら大きな間違いです。試験はこれからです。 午前中、教科の試験や、作業適性検査がありました。どれも落ち着いて取り組むことができました。勉強した内容も少し出ました。周りのみんなは、とても頭が良さそうに見えました。「負けていられないぞ。」と、気合いを入れました。 午前の試験も終わり、ワイシャツを中に着て、面接のために制服に着替えました。これで準備バッチリです。そして、控室でぼくを待っている父母といっしょにウィンナー、卵焼き、ほうれん草入りのお弁当を食べて元気モリモリです。 いよいよ、面接です。練習の成果を見せるときがきました。面接中、キョロキョロしないで、じっと面接官を見て面接ができるように心がけました。面接は百点のできでした。 長かった試験の一日が終わりました。 あとは合格を待つだけです。◇ ◆「ぼくの番号はどこかなぁ?」 合格発表の日。 9時の発表でしたが、私は仕事の都合で、結果を知ったのは昼休みでした。 以下は、ママが撮ったビデオでの様子です。 ママがたいしを連れて、二高養の玄関へ。発表の紙が貼り出される前に、たいしは一度“へんしん”のポーズを決め、「世界の平和を守るため…」とブツブツ言っております。 玄関から先生が発表の紙を持って出てきました。紙が貼り出されると、「あったー!」「おめでとう!」と、お母さん方の声があがります。 たいしは、発表の紙をのぞき込み「ぼくはどれかなぁ?」「ぼくの番号はどこかなぁ?」・・・。 ママが「探してごらん」と言うと、もう一度のぞき込み「オーマイガァッ!」。 ただし、たいしは終始笑顔です。 ビデオがとらえた番号の37の次は39。38番はありませんでした。 先生がたいしになにやら声をかけると、たいしは「青森県立青森第二養護学校です」。 次の挑戦は、第二志望の青二養です。 二高養を落ちたのは残念でしたが、それを目標にがんばってきたたいしには、いい経験になったはずです。国語や算数のドリルも毎日やったし、学校で体力づくりもがんばったし、面接練習も相当やりました。面接の本番でちょっととんちんかんな受け答えがありましたが、でも、面接の場面ではちゃんと座って受け答えするんだ、アニメの独り言を言わないんだということも勉強しました。そこまでできるようになったということだけでも、大きな収穫でした。そして、受験当日の長時間の緊張に耐えられたこと(実際は、試験中に独り言が出ていたのかもしれませんが)もたいしにとっては成長の証です。 ・・・家に帰ってきたたいしは、ショックは特になさそうで、ケロッとしていていつもどおりのたいしだったようです (^^ゞ ◆最後の行事予定表づくり たいしは毎月、翌月の行事予定表づくり(模造紙に行事予定を書いて教室の壁に貼る)をやっているのですが、3月の行事予定表、つまり中学校最後の行事予定表をつくりながら、「先生と別れちゃう行事予定表ですね」と言ったとのことでした。 「卒業式」と書きながら、中学校での今の生活が終わることをイメージしていたんでしょうね。 |
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◆二度目の受験 二高養の発表から1週間後、青森第二養護学校を受験しました。二高養は、産業科でしたが、こちらは、普通科になります。 今回も振替休日を使って、私も面接に臨みました。 駐車場で、たいしの担任の先生と待ち合わせ。車から玄関に向かう間に、校長先生や教頭先生が外にいらっしゃって、「おはようございます」とお出迎え。さらに、玄関をくぐると、自閉症支援研究会に参加されている先生が、「たいしくん、この前はバードのお仕事、ごくろうさまでした」と声をかけてくれました。 (つづく) |